お茶とまちづくりを考えるNPO法人です。


by ochaji
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

カテゴリ:■ 理事・会員の日記( 21 )

 歳のせいか、だいぶ忘れっぽくなっている。ときどき、備忘録という意味の、簡単な行動記録を、このブログに記して行こう。この秋、自分は、どんな時間を紡いで来たのだろうか。

・毎週水曜日の午前中、6回連続のパソコン基礎講座をうけた。シニアパソコンクラブという、実に親切なパソコンオタクの方々が手ほどきしてくれた。ほんとに有難かった。こらからも、学び続けて行こう。自分で、年賀状のデザインが出来たときは、うれしかった。
・10月18日は、月見里神社の例祭。何人かの方を誘って、参道にお店を張った。でも、訪れる方は、神社の関係者ばっかりで、お参りする人はさっぱり。誘った方に、申し訳ない気持ちになる。この人出では、来年は、、出店をお誘い出来ないナー。
・市役所主催の、国民文化祭の企画委員会に何回か出席する。来年の秋の開催だから、そろそろ”何をやりたいのか”、基本の企画を委員会全体で共有しなければならない時期にきている
のだろう。企画の叩き台を、誰かが先行して委員会に出して行かねばならない、自分にその役を期待する委員会の空気もあったので、引き受けることにした。この叩き台ー企画書づくりはたいへんな作業になる。仕事の現役時代は、この企画書作りばっかりやって来たのだが、最近は根を詰めた作業は苦手になってきている。でも、そうは言っていられない。乗りかかった船なんだからー。
・10月25日は、掛川市大須賀町の、遠州横須賀”小っちゃな文化展”を見学した。10年目の継続、その密度に感激。敬服した。主催者の、横須賀倶楽部のリーダーの方々のお話も聞けて、良い勉強になった。お茶の香ロードにとっても、国民文化祭の企画にとってもー。
[PR]
by ochaji | 2008-11-27 11:18 | ■ 理事・会員の日記
 この5月のお茶の香ロードでは、昭和中頃に(株)一言さんのお茶事業を支えた旧茶工場が雰囲気のある催し会場としてデビュウしましたが、ここを訪れた方々から、”ここをイベント会場に使わしていただけないだろうか?”という相談が来るようになった、ということです。一言社長さんは、その企画の内容をお聞きして、さしつかえないものと判断したら、なるべくお貸しするお考えをしてくれているようです。10月19日の夜は、市内のシャンソン愛好家の集いがこの会場で催されること知り、会場を覗かせていただいた。100人以上の聴衆が、歴史と茶渋の染み付いた、天井高のある大きな空間の中で、さりげなく茶箱に腰掛けて、3~4人の女性歌手の歌声に聞き惚れている。
ーそれぞれの歌手の方の歌唱力もなかなかのもので、集まったみなさんが、気持ち良さそうに、その歌声とピアノ演奏と時空間を楽しまれている。自分も、なにか、若い頃、ヨーロッパの古い街をひとり歩きした時の、その風情を思い出して良い気持ちになっていました。こんな素敵な時間を提供してくれた歌手の皆さん、そして会場を提供してくれた一言家のみなさん、ありがとうございました。(藤枝の夜の街が、どこの町にもある居酒屋だけで占められることなく、こんな夜のように、市内に住む色んな人の芸や技に直に接して楽しめるようになったら、そんな機会が多くなったら、もっと藤枝ライフがもっと魅力的になる、そんな感想も持ちました。休憩時に出してくれた、抹茶の美味しかったこと!藤枝は、”お茶と芸事の町”なり)
d0022550_16531327.jpg
d0022550_1654171.jpg

[PR]
by ochaji | 2008-10-27 11:47 | ■ 理事・会員の日記
 この夏の終りの、気になっていたイベント。都市計画や建築設計の専門家をお招きして、お茶の香ロードを実際に歩いて頂き、専門的な見立てを話し合ってもらう催しを行いました。この日は、県内の各地や東京から約15人の方が市役所ロビーに集まってくださり、街路歩きが始まりました。いつも資料化をていねいにしてくださる井沼先生が、蒸し暑い中を、元気に上伝馬商店街→蓮華寺池→堀池・若王子神社辺り→鬼岩寺→月見里神社→茶町通りという順序で、的確なご説明で案内してくれた。皆さん、約3キロの道程を、約2時間かけて、井沼先生に色々な角度からの質問をしながら、汗びっしょりになりながら歩いてくれていました。
 午後3時からは、皆さんが所属する会ー日本都市計画家協会の交流会と懇親会が、茶町の一言カフェではじまりました。一言カフェとは、この前のお茶の香ロードで大賑わいだった一言さんの旧茶工場のことです。ご近所の方方や、一言家のご家族や、青陰さんご夫婦、そして会場に花と緑を活けてくれた寺田さんも参加してくれて、だいぶ賑やかな雰囲気になりました。茶の香が滲みついている、古い木肌の大空間は、人間の集まりを優しく、暖かく演出してくれます。このことは、5月のイベントで実証済みだったので安心していました。山内屋サンに頼んでいたお料理や、近所の酒屋さんから志太の銘酒たちも運ばれてきて、この大空間のあちこちで人の環が生まれ、話し合いが始まっていました。
 
 この場は、交流と懇親に重きが置かれ、この街並への見立てやこれからの町づくりの方向性については、まだまだ突っ込んだ議論の展開は不足してしまいましたが、これもこの短時間では望むべくもないのでしょう。このような、他の、色々な都市で町づくりや建築づくりの最前線で苦労されている専門家の方々に、このお茶の香ロードを汗をかきなが歩いてもらった事や、この大きな、古い茶工場の屋根の下で楽しく語り合えたのは、きっと将来に大きな知見に出会えるのだろう、思います。外からの、客観的な見立てや意見をもっと求めていかなくては、と思う
井沼先生、ご苦労様でした。会場で、ビデオや映像機器を担当してくれた青陰さん、緑を飾ってくれた寺田さん、あいがとうございました。※半さんをはじめ、大勢でで突然にお訪ねしご迷惑を掛けた色んなお宅のかたがた、すみませんでした。一言家のみなさま、いつもお世話になります。(街づくりを意図するイベントは、どんなに小さななものでも、実におおくのかたのご支援やご協力の賜物でやっと実現できるものなんだ、またまたこのことを実感したしだいです。-堀田)さあ、季節は、秋。また、色々に動いていきます。



 
d0022550_12521818.jpg

[PR]
by ochaji | 2008-09-14 12:21 | ■ 理事・会員の日記
”お茶の香ロード”イベントの後始末を終え、その後、2ヶ月間ほど、この書き込みをサボってしまいました。東京の友人から、”もう、死んでしまったの?”というメールが、昨日届いていました。-なんだ、あいつも読んでくれていたのかーとうれしくなった反面、自分の怠け癖を反省しています。実は、死んだどころではなく、NPO法人の代表は、年度初めは、昨年度の活動報告の書類を、応援してくれている役所や、公的機関や、産業団体、そして法人の会員のの皆さんへの提出が絶対義務付けられており、これが、記録作業やパソコン作業がまったく苦手の自分にはとても重労働なのです。それに、新年度の活動計画や、各方面への交渉ごとや、プレゼンテーション作業や提出、打合わせが重なります。実は、このブログの書き込みやデザインは、この面に達者な会員k氏が、いつもボランティアしてくれていたのです、僕自身は、まったくダメなのです、ところが、そのk氏が、この2ヶ月間ほど体調のこともあり、面倒をみてくれるのがなかなかむずかしくなってしまっていたのです。ブログ休業の、そんな言い訳を、その友人に電話しながら、旧交を暖めることもできました。そして、考えました。。自分は、ふるさと藤枝に帰って6年、NPOを大勢の皆さんとやり始めて丸5年、そしてブログを書き始めてもう3年になるのかな?-色々な人とコミニケーションを取りながら暮らしているのは幸せな事だ、NPO活動の全てがうまく行っているとはとても言えないものの、色々な世代や分野の人々とコミニケーションを取りながら暮らしているのは、とても豊かなこと、とても有難い事だと考えたのです。
 
 さあ、それでは、これから、また少しずつブログ書き込みを再開していきます。全くのパソコン初心者の僕ですので、表現が多彩にはやれませんが、自分の今生きている想いを、時々書き込んで行ってみますので、どうか気のついたことがありましたら、返信してください。さあ、年度末と年度初めのNPOワークもほぼ蹴りがついたと思うので、家族が暮らす横浜の家でお盆休みを過ごします。      堀田一牛
[PR]
by ochaji | 2008-08-14 11:38 | ■ 理事・会員の日記
昨日は、井沼先生と鬼岩寺山の散策路作りについて話し合った。住職の上野さんと、この件でご相談してみようと、2人でお寺に歩いていった。鬼岩寺の山は冬の日を浴びて美しい。住職さんが、ストーブに薪をくべてくれながら、僕らの話に耳を傾けてくれた。そして、路作りのコースや、それに係わる地主さんのこともおはなしもしてくれた。1時間ほどして、境内を辞した。
今度は、係わる数人の地主さんを訪ねお話しを聞いてもらおうと、先生と話しあった。なかなか先は長いと思う。理解してくれて協力してもらえrかしらー心配になる。お昼の1時を過ぎている。
お腹がすいた、今日はこれまでと、先生と別れ、事務局に帰る。途中でお弁当とみかんを買う。時間はかかるが、何もあせる事はない。
[PR]
by ochaji | 2008-02-09 15:05 | ■ 理事・会員の日記
―――今年も、よろしくお願いします。―――

第1回会合の案内
○日時 : 平成20年1月30日(水)
      午後6時~9時
○場所 : 生涯学習センター 第3会議室

これまでの3回の実績で、お茶の香ロードというイベントの知名度が少し高まってきました。市の内外から、注目している・・・期待している・・・楽しみにしている・・・という声も聞こえてきます。今年も、しっかり準備して特色ある催事内容を作りたいものだと思います。どうか、皆さまのご支援、そして積極的なご参加をお願い申し上げます。
参考のために、私自身(堀田一牛)が、最近、モヤモヤと考えていることを箇条書きにしてみます。

☆この時期(5月初旬)は、茶商さんたちは繁盛期の真只中にあるわけですが茶業の未来と魅力的な町づくりのために積極的な協働、ご支援をお願いしてゆく。それぞれのお店のアイデアで、おもてなしマインドを表現してもらいたい。(なんといっても、それがこのイベントの根幹であろう――。)
☆新茶スタンプラリーは、昨年は月見里神社の総代の皆さま、そして近隣の住民の方々の協力のお陰で混乱なくスムーズにやれた。今年も、継続してこのお楽しみ行事を継続し、大勢の方々に、この町の魅力を発見してもらいたい。
☆お金はかけられないのですが、宣伝・告知活動に力を入れ、誘客数を3万人余としたいもの―。(昨年は1.5万人ぐらいか・・・)
☆「お茶と芸事の町」というこの町のアイデンティティー(歴史的特性)を訴えていくために―。
・過去2回の興行とも大人気の“お茶の香ロード演劇祭”を今年も充実したものにしたい。
 ・ピアノ演奏、声楽も含む音楽イベントを新設し、優雅な賑わいを創りたい。
 ・陶芸や工芸等のアートや諸分野のものづくり、そしてお菓子や料理の新しいフードづくりへの試みも魅せてゆきたい。――そんな可能性も探りたい。
 ・今年は、環境保全・教育を目的とする<瀬戸川フォーラム>の方々とコラボレーションが出来そうだ。その他、関連する市民活動団体に声を掛けて、手づくりの市民文化祭的性格へ発展できないだろうか。

NPO法人 藤枝・お茶事の村 堀田一牛
      TEL 054-646-0085
[PR]
by ochaji | 2008-01-11 19:48 | ■ 理事・会員の日記
明日は、お茶事の村回目会員総会だ。個人と団体の正会員の49人に案内状を出した。今日の時点で既に17人の方の欠席委任状がfaxされて来ている。今年も出席状況は厳しい。昨年は、63人の正会員に案内し、ナマミの出席が15人、委任状23人.辛うじて総会は成立した。今年も、明日の総会は淋しいものになってしまう。
ナマミの出席は勿論、委任状も出さないー総会の存在を無視してしまう会員が1/3にもなってしまうのを見せつけられるのは、npo法人を代表している自分にとっては、とてもきびしいこと。少しはあった自信が、根こそぎ奪われていくーそんな気持ちさえする。
なぜなんだ、活動趣旨に賛同してくれて入会してくれたんだろう、なのにこんな無視の仕方はないもんだと多くの会員の心変わりを恨んだりもする。自分のnpo運営のやり方にも大きな欠陥があるのだろう、npoの目的が、日常の活動の様子が会員に全く伝わっていないのか。自分の無力さをしみじみと味わうことになる。自分と、極く限られた数人の理事と会員とイベント参加者で運営されているーそんなイメージが多くの会員に生まれてしまっているんだろうか。自分も参加してみたい、意見も出して一緒にやってみょうーそんな気を誘う楽しげな雰囲気を、このnpo は備えていないんだろうか。

自分は、多勢のひとびとが熱っぽく、色々な角度から意見を出し合い、本音で議論をしていく中から大切な方針や思索で活動してゆくーそんな人の集まりの豊かさがnpoでは可能になるかもしれないとおもった。それこそが、自分の老人生の暮らしに彩りを添えてくれるかもしれないとも思った。ところが、現実は、そんなもんじゃないなぁ、そんな簡単に、そんなnpoは作れそうもないなぁつて、最近になってつくずく思う。

お茶事の村は、4年経ってだいぶテーマも、方法論も明確になってきた。地元の住民の方々や、行政や産業団体とも少しずつだが協働関係も育ち始めてきたように思う。マスコミの、テレビ・新聞・ラジオ・雑誌も好意的に活動の様子を報じてくれているのもとてもうれしい。しかし活動の母胎である会員総会や理事会が、こんなありさまでは、とても将来の充実はおぼつかない、のだろう。4年経っても、無視し、離れていく会員が増えていくーこれは厳しく、淋しく、悔しい現実ではある。

こんな状況が続くと、自分のnpoへの熱は冷めていくに違いない。もう俗世間との関係は一切絶って、山奥にでも庵を結んで、独居し始めるがいい、最近自分の中からしきりにそんな声が聞こえはじめている。自分は、こんな暮らしも夢想しつずけてきた。ところが、一方で、最近こんな思いも持ち始めている。活動テーマがはっきりしてきたからこそ、それに離反し、無視するひとも出てきたのだ、しかし逆にそのテーマに寄って来て、一緒に歩き出そうする人々も出てくるに違いない。-そんな人々と、これからを歩いていかなければなるまい.皆が、いつまでも仲良く、落ちこぼれもなく、やっていく組織なぞあるもんじゃない、npoにそんな夢なんぞ持ったらいかん、そんな強い声も聞こえてきた。自分の中から聞こえてくる色々な声をしばらく楽しんでみよう。

堀田一牛
[PR]
by ochaji | 2007-06-27 17:06 | ■ 理事・会員の日記
 ”お茶のまち静岡”への仕掛けを語ろう!という会が、静岡市の「アイセル21」で開かれました。これは、清水港からアメリカへ直輸出(横浜港を経ないで)されてから100年が経ち、これからの100年を”お茶のまち(都)づくり”をスローガンにしてゆこうと静岡市の行政が先導役で総合的な計画を策定しようとするものです。当日は、静岡大学教授の小櫻義明氏(専門は地域政策)のお話しが大変に示唆に富んでいて、圧巻だった。

d0022550_18303076.jpg●静岡の茶農家、茶問屋には、お茶の消費者がお茶に何を望んでいるか--つまり、お茶の消費文化を考えてお茶を作り、売っていく発想が薄い。お茶の都(みやこ)づくり、という発想はずっと以前からあって色々な構想が私の周辺では発表されていたのに、お茶業界と行政は何も取り上げ、踏み出してこなかった。静岡に蓄積されているOCHAの産業と文化の蓄積からすれば、街並みづくりやマーケティング戦略に”お茶の都”という発想はしっかり具体化してゆけるのに、何もしてこなかった。こんなにだらしない、のんびりした姿勢が続くならば、これからの100年は、お茶が静岡から消えてゆく---つまりお茶の地獄絵図が描けるのじゃないか-。事実、静岡の農業文化は、桑畑が消え、みかん畑が拡がり、それが消えてお茶畑が今度は出てきた。それも、静岡人は、茶商さんの小売店指導力の欠如、ペットボトルの攻勢へのあきらめ、そして、国内では鹿児島の台頭、外国では中国、スリランカ、インド、オーストラリアの緑茶生産の参入---これらを考えれば、静岡県からお茶畑が消えてゆく地獄絵もはっきり描かれていいものだと思う。お茶が生活者にとってなぜ好まれるのか、どんなお茶文化が望まれているのか。それを発信する静岡市は、どんな町を作っていかなくてはならないか。地に足をつけて、それらに取り組んでいく、おそらくラストチャンスなのではないか。

○この小櫻義明教授の指摘は、まさに当たっていると、わたしは思った。講演会の終了後、私は、その講演内容の的確さに感動して控室にお伺いしてお礼を述べて会場を辞した。少年時代、静岡の里山にあれほど豊かに実っていたみかん畑は完全に消えている。そして、そこにはお茶畑がとってかわっている。しかし、そのお茶畑がもう少ししたら消え去って、うす暗い竹林がびっしりはびこってしまってゆくのだろうか。まさに、里山の地獄絵図そのものだと思う。私は、首をすくめ静岡駅へ歩き続けた。(このふる里は、後世にどんな文化を残せる力があるのだろうか。)
                      NPO法人 藤枝・お茶事の村 理事長  堀田一牛
[PR]
by ochaji | 2007-03-07 18:27 | ■ 理事・会員の日記
d0022550_19253165.jpg
d0022550_19135980.jpg 静かな、暖かい陽射しに恵まれました。私を含め、5人の会員が参加。説明役をお願いしていた南条忠義さんが脚を痛めて同行できなくなってしまい、素人の5人が野仏を探して瀬戸川奥の滝ノ谷まで登っていった。地元の村づくりに功績のあった人の記念碑だったり、行き倒れの旅人や貴重な労働力であった馬の霊をまつった馬頭観音や火事や水害を避ける神様だったり--色々な野仏が、川の土堤に、橋のたもとに、お寺の入口に、そして山の中腹に見つかった。ほとんどの野仏が、風化寸前のものばかりでした。
 自動車だけで動く世の中になってしまっているから、こんな野仏の存在に気づく人は少なくなってしまっているのだろう。深まりいく秋の中で、枯れかかったコスモスの花が風に揺れていました。夕陽を浴びて、すすきの白い穂の群れがとても美しかった。
 自分を取り巻く万象の命を野仏として刻んで記憶にとどめておく---そんな心の余裕を現代人は、もう失ってしまっているのかも知れない。
          NPO法人 藤枝・お茶事の村 理事長 堀田一牛
d0022550_19251864.jpg

[PR]
by ochaji | 2006-11-14 19:14 | ■ 理事・会員の日記
6月3日、伊久美で一日、お茶で遊びました。天気は薄曇り、気温は23度ぐらいの過ごしやすい日でした。ご参加していただいた皆さんありがとうございました。
今日はここ、伊久美に残された江戸末期からつづく茶畑で茶摘み、江戸末期に作られた茶部屋で当時の手揉み茶を再現しました。
d0022550_8545421.gifこの茶畑の所有者で地域リーダーの西野恭正さんです。この茶畑は文政の茶一件に名前が出てくる福井氏が所有し、その後西野平四郎に移り、現在 恭正氏が所有しています。

江戸末期の茶部屋で当時の揉み切り製の手揉み茶を作りました。
私はこの横で釜炒り茶を隠れるようにして作っておりました。なぜかというと某新聞社の熱心な取材で半日時間をとられ、製造の時間がなくなり、これはまずいなーという気持ちで隠れていました。
日本の開港というグローバーリーゼイションに最も早く反応した藤枝北部の茶業、伊久美でこの時代を再現し、体験できる歴史イベントとして、お茶好きが集う場所として今後、続けていこうということになりました。


この企画は“志太お茶共和国”の第一日目としてまた歴史を知る商品として”江戸末期の揉み切り茶“静岡茶物語”を作ることを確認しました。

西野 真
[PR]
by ochaji | 2006-06-09 09:01 | ■ 理事・会員の日記