お茶とまちづくりを考えるNPO法人です。


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お茶畑が消えてゆく、地獄絵図。3月3日(土)

 ”お茶のまち静岡”への仕掛けを語ろう!という会が、静岡市の「アイセル21」で開かれました。これは、清水港からアメリカへ直輸出(横浜港を経ないで)されてから100年が経ち、これからの100年を”お茶のまち(都)づくり”をスローガンにしてゆこうと静岡市の行政が先導役で総合的な計画を策定しようとするものです。当日は、静岡大学教授の小櫻義明氏(専門は地域政策)のお話しが大変に示唆に富んでいて、圧巻だった。

d0022550_18303076.jpg●静岡の茶農家、茶問屋には、お茶の消費者がお茶に何を望んでいるか--つまり、お茶の消費文化を考えてお茶を作り、売っていく発想が薄い。お茶の都(みやこ)づくり、という発想はずっと以前からあって色々な構想が私の周辺では発表されていたのに、お茶業界と行政は何も取り上げ、踏み出してこなかった。静岡に蓄積されているOCHAの産業と文化の蓄積からすれば、街並みづくりやマーケティング戦略に”お茶の都”という発想はしっかり具体化してゆけるのに、何もしてこなかった。こんなにだらしない、のんびりした姿勢が続くならば、これからの100年は、お茶が静岡から消えてゆく---つまりお茶の地獄絵図が描けるのじゃないか-。事実、静岡の農業文化は、桑畑が消え、みかん畑が拡がり、それが消えてお茶畑が今度は出てきた。それも、静岡人は、茶商さんの小売店指導力の欠如、ペットボトルの攻勢へのあきらめ、そして、国内では鹿児島の台頭、外国では中国、スリランカ、インド、オーストラリアの緑茶生産の参入---これらを考えれば、静岡県からお茶畑が消えてゆく地獄絵もはっきり描かれていいものだと思う。お茶が生活者にとってなぜ好まれるのか、どんなお茶文化が望まれているのか。それを発信する静岡市は、どんな町を作っていかなくてはならないか。地に足をつけて、それらに取り組んでいく、おそらくラストチャンスなのではないか。

○この小櫻義明教授の指摘は、まさに当たっていると、わたしは思った。講演会の終了後、私は、その講演内容の的確さに感動して控室にお伺いしてお礼を述べて会場を辞した。少年時代、静岡の里山にあれほど豊かに実っていたみかん畑は完全に消えている。そして、そこにはお茶畑がとってかわっている。しかし、そのお茶畑がもう少ししたら消え去って、うす暗い竹林がびっしりはびこってしまってゆくのだろうか。まさに、里山の地獄絵図そのものだと思う。私は、首をすくめ静岡駅へ歩き続けた。(このふる里は、後世にどんな文化を残せる力があるのだろうか。)
                      NPO法人 藤枝・お茶事の村 理事長  堀田一牛
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by ochaji | 2007-03-07 18:27 | ■ 理事・会員の日記